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2017.03.10

【まちなかストーリー】株式会社 大と小とレフ 鈴木一郎太さん 第2回「独立起業への決断と、大と小とレフという会社」

まちなかで活躍する人にスポットを当てて、そのヒトの街に対する想いや物語を紹介する「マチナカストーリー」。
前回の絵本の店 キルヤの星野さんから紹介いただき、8人目は株式会社 大と小とレフの鈴木一郎太さん。全4回に分けて、毎週お届けしていきます。

今週は第2回「独立起業への決断と、大と小とレフという会社」についてお話していただきました。

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【まちなかストーリー】登場人物とインタビュー全記事まとめ

人物紹介


鈴木一郎太さん
浜松市出身、1977年生まれ。小学校まで浜松、中高は静岡の学校、その後アメリカ・イギリスへと渡りロンドン芸術大学を修了。1997年から約10年間イギリスに滞在し、アーティストとして活動。帰国後はNPO法人クリエイティブサポートレッツに勤務し、障害福祉や文化事業の企画・ディレクション行う。2013年に建築家の大東翼さんとともに株式会社「大と小とレフ」を設立。
浜名湖花博2014一部エリアのキュレーション、静岡文化芸術大学の地域プロジェクトに関する研究事業のマネジメント(projectability)、ゲストハウス(大阪、長野)立ち上げなど、様々な企画・ディレクションに携わる他、まちなかのゆりの木通り商店街にあるセミナールーム「黒板とキッチン」を運営している。
NPO法人こえとこころと言葉の部屋(ココルーム)理事
静岡県文化プログラムコーディネーター

WEBサイト:

第2回 「独立起業への決断と、大と小とレフという会社」

前回の記事:第1回「海外から浜松に戻って独立起業するまでのきっかけ」

ーーそういうこともあって独立されたんですね。一緒に会社をやっている大東さんとは当時どういうご関係でしたか?

「大と小とレフ」ですよね。一緒にやっている建築家の大東も高校まで浜松にいたみたいですが、はじめは知り合いでも何でもなかったんです。

少し話がそれますが、実はちょっと前に僕の過去のことが本にまとめられたんですよ。ソトコトってありますよね?

ソトコト
月刊「ソトコト」は、ロハスピープルのための快適生活マガジン。スローフードやスローライフ、最近ではロハスをはじめ、NPOやエコツーリズムなど、楽しくオシャレにエコロジーを、暮らしのヒントを毎月特集スタイルで提案しています。

「住み開き」っていう言葉を作ったアサダワタルという方がいて、彼が「コミュニティ難民のススメ」っていう本を書いたんですよ。

ソトコトで彼が連載していた内容をまとめた本で、その取材を受けてここまでお話したことと同じような内容で、けっこう恥ずかしい過去がいろいろと載っています(笑)

さらに蛇足ですが、その本を題材に鷲田清一さんが書いた短い論考が載っている「素手のふるまい」という本の中でも少しだけひろってもらっています。セットで読むとおもしろいので宣伝でした。

コミュニティ難民のススメ ─表現と仕事のハザマにあること─ | 木楽舎
ソトコトの連載から登場!「表現(≒プライベート)」と「仕事(≒パブリック)」の間を彷徨って生きる、6人の人生の歩き方をアサダワタル氏がコンパイル。自問自答しながらも、枠組みを飛び越え、楽しく暮らす彼ら(と自分自身)の生き方を「コミュニティ難民」と名付け、現代の新たな道標として描き出した意欲作。

朝日新聞出版 最新刊行物:書籍:素手のふるまい
世の中、資格取得が目指されているが、現代社会で組織にぞくさず、無認可ではじめられる職業人として、アーティストがいる。(中略)
芸術から生活技術まで、スキルから作法まで、《生存の技法》の文脈のなかで、素手でこじあけるアートが教育やケアの領域を横断し、未来の予兆を手探りする。これからの日本に必要な人間の生きる技術=「生存の技法」としてのアートと社会との錯綜した関係を読みほどく、臨床哲学者の注目の刺激的評論エッセイ。

そのアサダワタルくんを浜松に呼んだ時に、道端でばったり会った大東とアサダくんが知り合いで紹介されたんです。

大東が大阪で所属していた建築事務所の頃の知り合いだったそうです。

ーー事業のビジョンを共有できて一緒に会社を始めたということですか?

わかりやすく表現すると、ソフトもハードも扱える会社ということになりますが、その中で、僕は企画やマネジメントを主に行うソフト担当ですね。大東は建築家なのでハード担当です。担当と言っても2人でやっている小さい会社なので、案件を1つのテーブルにボンと上げれる様な感じで。結構切れ目がないんですよ。

例えば、家を1軒建てるにしても、やっぱりハードとソフトがものすごく絡み合っていて、その絡みがうまくいって満足感が生まれますよね。お店のリノベーションとかもそうだと思うんです。家族や人生設計っていうソフトや、商売や事業計画や夢っていうソフトをどうやって建物というハードに反映するということが必要ですよね。さらにその周囲には社会があるわけで、そうした状況に対して大きく俯瞰するような視点と小さな個人の視点の間を行き来しながら取り組むというスタンスを持っています。

大東がお客さんの話をよく聞く建築家だったんですよ。そういうのを引き出してちゃんと形に落とし込むことを建築っていう仕事に限らずいろいろやれる会社にしようかって。

逆にソフト側だったらイベントだとか、プロジェクトとかがあって、これらもハードがくっついてくる事が多いです。例えば、イベントなどで空き店舗1つ使うのにもソフト・ハード面がそれぞれありますよね。

ーーということは、一般的な建築設計事務所とは違うんですね

ではないですね。よく考えると業種として何なんだろうっていうのはありますが。

最近の仕事で1番うまくお客さんにつかってもらったなっていうのは、長野の上田市、最近は真田丸で有名な地域です。そこで、文化施設付きのゲストハウスの立ち上げっていうのに関わりまして。

犀の角という場所なんですが、街の中心部にあるコンクリート3階建てのビルと裏の1棟。そこに文化施設とゲストハウスを作るって話で、コンセプトデザインと事業計画と内装を全部やりました。予算があまりなかったので、広報物のディレクションはやらなかったんですけど、あれはうまく使ってもらったなって。

犀の角 SAI NO TSUNO | 上田市海野町商店街の 劇場 ゲストハウス
長野県上田市海野町商店街の劇場/ゲストハウスを有する文化施設です。演劇・音楽・アートなど様々な表現活動や地域住民・アーティストの交流の場として運営します。

ーー浜松だけというよりも全国に活躍のフィールドがあるんですね

そうですね、今年度は特にそうでした。浜松であんまり人気ないんですよ(笑)

なになにをやります!と明確にうたえていないので仕方ないですが、僕の場合はたまたま声をかけてくれる人がいて、結果的に今年度は割と外が多くなったなと。

単純に移動することをよしとしちゃえば、人口80万の街と比べるとパイが大きくなるじゃないですか。そうすれば、こんなわかりにくい人間でももうちょっと必要としてくれる人はいてくれるかなって。

あとは、やっぱり外に出ると刺激になります。

1つの街にいると、マンネリだったり、同じ顔ぶれだったりとか。どうしてもありますよね。 そこで頑張るのが生活だろうという考え方もあるかもしれないですけど、でも、ネットは繋がっているし。新幹線や飛行機もあるし、そこにこだわりはないですね。

ーーこの場所「黒板とキッチン」の管理も「大と小とレフ」の事業でやっていらっしゃるんですよね

はい。ここ(黒板とキッチン)は万年橋パークビルからの委託ですね。駐車場の管理業とコミュニティースペースを一体にして。

万年橋パークビル ブログ
浜松の街中にある立体駐車場の8階から街中のことを中心にいろいろ発信しています。

ーーここのスタッフの久保田さんは大と小とレフがお願いをして勤めていただいてる?

そうですね。もうひとり、横村さんもいます。ここの前身である「たけし文化センターINFO LOUNGE」の1年目の終わった時に、万年橋パークビル社長の基生さんに僕から提案していたんです。

基生さんはここの経営をされている一方で、同時に商店会長って顔も持っていて、会社の経営を気にしないといけないけれど、同時に街のことも考えるし、なによりも周囲で面白い事が起こって欲しいっていう人で。

それで、その当時はシルバー人材の方たち4人で施設の運用を回していたんですが、この方々にとっては、社長の思いとか面白い場所になるとかは、どちらでもいいわけですよね。

「それはもったいない。せっかくなら、もうちょっとこっちの事とかにも関心持ってくれる人が近くにいた方がいいじゃないですか」ってことで、今の形態でこの場所の運営がなされるようになりました。

うちとしても持ち出しなしでこういう場所を1つ持てているって事もありがたくて。漠然とでも取り組んでいる事が場として外に見せられるし、人にも出会いやすくなるので。ただし、事務所扱いにはしないようにしているんです。そうしたら、元も子もない、本末転倒なので。

ーー「大と小とレフ」という会社についてもう少し詳しく聞いていきます。「大と小とレフ」の事務所は黒板とキッチンとはまた別にあるんですか?

別です。しかも、最近行ってないです(笑)最近大東とも全然会ってなくてちゃんと会わないとマズイなと。

事務所は大東の自宅兼なので、建築の方の手伝いしてくれる子とかはそっちに行って仕事をしているんですけど、僕は外に出ることが多いのでほとんど行ってないですね。未だに僕、足を踏み入れた事ないんじゃないかな(笑)

ーーえー!そうなんですか(笑)

そのくらい当時は、事務所の必要性がなかったんですよ。 だからまだ、僕らもこの会社・業務をやる上で本当に手探りの段階ですね。 会社としては今3期目に入ったところですが、まだまだなんですよ。

最初のきっかけというか、必要があって急いで会社を作っちゃったんです。 2014年にあった浜名湖花博で、アートの屋外展示をして欲しいって話があって。そのきっかけで法人化しました。

別に株式じゃなくてもなんでも良かったんですけど、最も一般的じゃないですか。 ただでさえ変な名前でよくわからない仕事をしているから、法人格だけはすごく一般的なものにしておこうと(笑)

ーーその当時は起業したいという話を大東さんともされていました?

はい。 レッツにいて外部での事業が増えてきたタイミングで大東と起業するという話になって。じゃあ、やろうかって。個人的には、レッツが理念に掲げている「ソーシャルインクルージョン」という点ではのれん分け的な感覚でしたが、もともとそんなに起業に対して色々構想を描いていたわけじゃなかったので、いきあたりばったりでした。仕事の依頼もあったので、すぐに動きがはじまっていました(笑)

なので起業といっても、基本は行政書士さんにお願いして登録までやってもらったし、「できました」「はい。じゃあ仕事しよう」って感じでしたね。


今回はここまで!
次回の公開予定は3/17(金)、「株式会社 大と小とレフ」の鈴木一郎太さんの第3回「"黒板とキッチン"と人とまちなかとのかかわり」についてです。お楽しみに!

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