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2016.10.14

【まちなかストーリー】ティルナノーグ 大石世志子さん 第1回「ベアードビールのビアハウスを浜松で始めようとしたきっかけ」

まちなかで活躍する人にスポットを当てて、そのヒトの街に対する想いや物語を紹介する「マチナカストーリー」。
前回の懐石料理「いっ木」 一木さんから紹介いただき、4人目はビアハウス「ティルナノーグ」 の大石さん。全3回に分けて、毎週お届けしていきます。

今週は第1回、まずは「ベアードビールのビアハウスを浜松で始めようとしたきっかけ」のお話を中心に振り返ってお話していただきました。

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人物紹介


大石 世志子
さん
未経験からビアハウス「ティルナノーグ」を開業。沼津で知り合ったベアード・ブライアンさんのベアードブルーイング社で作られる「ベアードビール」を浜松で唯一専門に扱うビアハウスで、ブルワリーから直送される樽生のベアードビールがいただける。飲む側専門だった経験を存分に活かしたお店づくりで、常連さんも多く店内の雰囲気がとても良い。

店舗のWebサイト→ ビアハウス「ティルナノーグ」(浜松市中区田町329-8)

笑顔満点!未経験からスタートしたビアハウス、開業したきっかけと当時の苦労話

伊藤 早速聞きたいのですが「TiR nan O~g ティルナノーグ」さんの店名って何語ですか?

大石 みんなによく言われます。これはゲール語なんです。ゲール語ってケルトの言葉なんです。英語でいうと、“Land of Youth”(ランドオブユース) で「常若(とこわか)の国」という意味があるらしいです。ケルトの伝説の国らしいんです。

汲めども尽きぬエールの川が流れているっていう素晴らしい場所らしいですよ。

ティル・ナ・ノーグ(Tír na nÓg) – Wikipedia
※ケルト神話の妖精の国についての説明です
ーーティル・ナ・ノーグ(Tír na nÓg)とは、トゥアハ・デ・ダナーンがアイルランドの祖と云われるミレー(マイリージャとも)族との戦いに敗れた後に、移住したとされる土地の名。幾つかある楽園の一つで、ティル・ナ・ノーグとは「常若(とこわか)の国」と呼ばれる。語り継がれている多くの話によれば、このティル・ナ・ノーグは妖精たちの好みの棲み家であり、三通りの島々、すなわち、生き物の住む島、勝利者たちの島、そして水底の島と言われている。
 (中略)
常若の国には、いつも「りんご」の木がたわわに実をつけ、生きている「豚」と、食べるばかりに料理されていて、いくら食べてもなくならない「豚」があり、飲んでも尽きることのない「エール」、この三つがあることになっている。

伊藤 大石さんはこういった歴史などにお詳しいのですか?

大石 いえ、そんなに詳しくはないんですが古い歴史っぽいものは好きです。実は”ティルナノーグ”という店名は私の娘が考えてくれた名前なんです。

伊藤 なるほど。普通の人だと、カタカナが振られていないと、ぱっと見るとなかなか読めないですよね。


ティルナノーグのデザイン、私も初めは読めませんでした…!(鳥居)

大石 そうなんです、みんなに言われました。何でこんな読みにくい店名にしたんだって(笑)それと、他にもアイルランド人の方達が来ると「ここはアイリッシュパブだと思ったのにチガウジャナーイ」って言うんですよ、名前だけアイリッシュなんですよ(笑)

このノーグ(nÓg)の部分のデザインもケルトのマークなので、ぱっと見はアイリッシュパブだとみなさん思うらしいです。日本の方はケルトのマークにあんまり馴染みがないと思うんですけど、向こうの人が見るとああこれは…!となるみたいです。

伊藤 ティルナノーグさんは2010年頃にオープンでしたよね。オープンしたきっかけは何だったんですか?

大石 話すと長くなってしまいますが許してくださいね(笑)

実は、うちは「ベアードブルーイング」と言う会社のビールしか使っていなくて、作り手はアメリカ人で、今は修善寺ですが、そもそもは沼津で作っていたんです。彼らが沼津で会社を起こした時に私達も沼津に住んでいて、それで入り浸って飲んだくれていたんです(笑)なので最初は、お客の立場だったんです。

ベアード・ブルーイング社
ーーベアード・ブルーイングは、2000年にブライアン・ベアード&さゆり夫婦が沼津に設立した合資会社。ビールへの深い愛情と、ビール醸造の歴史、伝統、文化に対する尊敬の念から生まれた家族経営の会社である。(Webサイトより)

ベアードビール
ーーベアード・ブルーイング社の製造する主力商品のビールの総称。現在、浜松市内でベアードビールを常設で出すお店はティルナノーグさんだけ。 「ベアードビールとは、突き詰めると香りと風味・フレーバーを経験することである。」(Webサイトより)

それで、私たちが浜松に引っ越してきてからも飲みに行ったりしていたんですけど、ある時に「夫が定年になる時に何をするか」って言う話を、ブライアン(ベアードビールを作っているブライアン・ベアードさん)やみんなでワイワイ話をしていた時に「ビールを売ればいいじゃん」って話をこの店舗を作ってくれた大工さんから突然振られて!

「いやいや、ちょっと待ってちょっと待って、全然そんなことやったことないし無理無理無理!」って最初は言っていたんですけど、「大丈夫、ビールがうまいってのはわかってるよな?」って言われ、大工さんには「店は俺が作るってのもわかってるよな?」って言われ、それで…あれよあれよのうちに始まっちゃったのがこのお店です、もう最初はほぼ勢いだけですよ!

伊藤 ほおおーこれはすごい(笑)飲食業は未経験ですか?

大石 はい、ぜんっぜん違うことをやっていました。なので、お店が始まる1週間前くらいになって「レジって買わなきゃいけない気がする!」ってくらいの感じで、しかもよくわからないので「一番簡単に操作できるレジをください!」って言って(笑)

それくらい何も知らなかったですね。その代わり、料理とかは好きでしたし、飲むことも好きでしたので…カウンターの向こう側で飲んでいた人が、こっち側で提供する人になったと言うのがわかりやすいのかも。

鳥居 そう言う意味では、経験が生かされましたね!

大石 そうそうそう(笑) なので、一緒に飲んでた飲み友達には「何を血迷ったか!」ってみんなに言われちゃって。


店内にもベアードブルーイングのマークがレンガの壁にどーんと掲げられている

浜松で始めたきっかけは「2度目の浜松だったから」と「浜松まつりがあるから」

伊藤 もともとご出身はこちらですか?

大石 主人は静岡の市内出身で、私は東京から。結婚してから県内を転勤で転々とするようになって。それで、転勤の最後が浜松だったんです。うちは娘たちが2人いるんですけど、浜松に住むのなら帰ると言っていて。なぜなら、もう祭が大好きで!

鳥居 そう言うことかー(笑)

大石 「だけど、浜松にすまないのならお母さんがこっちに来い」と言われて。娘たちは今東京にいるものですから。それで、浜松に住むことにして、娘たちは年に2回帰ってきていると言う感じです。お正月の時と祭の時と(笑)

伊藤 お店の場所はどう決められたんですか?ここはすごくいい一等地ですよね

大石 そうですよね、本当にご縁でいい場所を見つけられました。

伊藤 いいご縁ですよねー、こう言っちゃうとあれですが未経験で始めるにはお店のキャパも広めですよね。

大石 そうなんですよ、ほんと未経験も未経験で。ベアードのブライアンたちもやったことがないところからだからカウンターだけの店にしたら?って話をしていたのですけど、そのくらいのサイズの物件がぜんぜんなくって。その時にたまったま、ちょうどご縁でここのお店の場所を紹介してもらって。

何て言うのかしら、こう、これは必然だったんじゃないかってくらいにいろんなことがカチッとはまって。パズルが「カチッ」とはまる瞬間があるんだなーと。ここまで生きてて本当に初めて実感したと言うくらい(笑)

伊藤 これが必然であるかのような

大石 そうですねー、本当にそんな気がしました!

ベアードブルーイングとの出会い

伊藤 このBBのマークが「ベアードブルーイング」ですか

大石 そうです、ベアードブルーイングのマークです。ここに並んでいるものも、みんなベアードブルーイングのビールで、それぞれ少しづつ種類が違って。

ただ、一番右のものだけちょっと浮気をしてポートランドのアップルサイダーを入れてます。ビールの苦味が苦手なお客様ですとか、ポップが強いビールにちょっと疲れたなーと言う方たちに人気です。

伊藤 僕はビールが実は苦手なので、嬉しいですね。ありがたいかも。

大石 サイダーが今ポートランドを中心にアメリカですごく人気で、ビアパブには必ず一本はサイダーのタップ(引くと出るビールのレバーのこと)がありますね。うちも一本だけサイダーを置いています。

伊藤 ポートランドといえば、まちづくりとかでも有名ですよね

大石 そうですそうです!世界中から注目されていてたくさん視察に来てるとか、地産地消の話とか、学校教育の話とか。

伊藤 地域と一緒に作ったり、運営していくと言う文化が根底にありますよね。

大石 そうです、それですごいなと思ったのが、例えばお家を壊すじゃないですか。その時にそこで出て来た使わなくなったものを全部NPOみたいな回収する団体ところへ持っていくんですね。それで、その団体が職のない方たちに協力してもらって回収したものを選別したり直したりして販売しているんですよ。

そうすると、本当に電球1つとかドアノブとか、これは何に使うんだい??ってモノまで全部リサイクル(リユース)されるようになって、この活動によって雇用が生まれて、さらに、そう言うものが欲しい人たちはそこに並ぶ商品を買ってテーブルを作ってみるとか・・・こういった仕組みから街全体でリサイクルの循環ができていて、わーすごいなーって。

鳥居 だから、街がすごく綺麗なんですよね。

伊藤 すいません、自分で振っておいて話を戻します(笑)もともとベアードブルーイングにはお客さんとしていっていて、ビールを作っている方やブルワーさん(メーカーさん)とはお店でお知り合いになったんですか?

大石 そうです、本当にただの一人のお客さんでした。しかも、それまで私ビールが苦手だったんです。お酒は何でも飲むけど、ビールは苦手!だったんですよ。炭酸がきついのが苦手で、日本のビールは特に喉越しとかでシュワッってくるのが苦手だったんですが、ベルギービールを飲んだ時に、「あっ、ベルギービールって意外といけるかも」って思った時に、ベアードブルーイングがまだ醸造の許可が出ていなくてベルギービールを出していたんですよ。なので、そもそもの始まりは、そこにお客として行っていたことです。

それから、2ヶ月くらいして、ベアードの新しい自分達の醸造の許可が降りて販売し始めて以来・・・入り浸って飲んでいたという。。。(消え入る声で)

伊藤 (笑) 浜松の「まちなか」でやろうかというのは、初めから思いがあったんですか?

大石 そうですね、やっぱり「飲む」ものなので郊外とかに離れちゃうと「足」が問題だなぁというのがあって、まちなかや浜松駅の周辺っていうのがいいのかなと思っていました。あとは、家が浜松駅の東の方で近くだったのであんまり遠くなっちゃうのも嫌だなーというのもありましたね(笑)

あとは、神経質になってカリカリ探すのも嫌だったので、良さそうな物件が出てこなかったら「お店をやらない」くらいのつもりで探していて、そうしたらさっきのパズルの話で、一つ一つがはまっていったという感じです。

昔の浜松と最近の浜松と最近の静岡とまちづくりについて

伊藤 今までに転勤とかで浜松に何年か住んでいらしたとか。

大石 ありますあります。浜松は2度目なんです、最初はちょうど平成元年で昭和の終わる頃からで、子供達は小学校くらいだったんです。それから高校卒業するまでいたんです。だから、子供達も浜松なら帰るっていうのは学生時代の友達がいるからっていうのもあるのかな。

それから、沼津に行って、ブライアン達と知り合って、それでこっちに戻ってきてーという感じです。

伊藤 平成元年くらいの浜松と、また改めて戻ってきた時の浜松で何か差を感じましたか?

大石 最初に来た時はまだアクトシティがなくて駐車場だったんです。MAYONEと遠鉄百貨店がちょうどできたてくらいでしたね。それで、私の夫が静岡人なんですけど、その頃って、「絶対浜松の方が、勢いがある!」と思っていたんです。当時は浜松の方が静岡よりも勢いがあって、静岡って変に取り澄ましていて。私は浜松が好きって思っていたんですよ。

ですが、こっちに2度目に来てからというよりも最近ですね。この頃思うことは、静岡のいろんな街の企画が、なんかこう・・・しゃらくさい!(笑)褒め言葉ですよ!企画を見て「やられた!」感があるのが悔しい(笑)

例えば、静岡の一番すごいなって思った企画が大道芸。大道芸フェスティバル!あれすごいですよね。でも、他は浜松って思っていたんですよ! それが、最近はセノバができて、地下道が綺麗に整備されて、駅からの流れできましたよね。

そうなってみると、静岡って山があって海があって、真ん中にまちがギュっとなっているから、人が集中するようにそもそもの地形になっているじゃないですか。それでさらに色々なHQ(ヘッドクオーター)があるでしょう、さらにテレビ局もある!ああずるいなぁ!って思いますね(笑)

鳥居 浜松の人はつくづくそう思っていると思います(笑)

大石 それと静岡は公共交通機関の文化だと思っていて。浜松は車の文化じゃないですか。だから街が分散しちゃっていてもったいないなーと思います。その分広いからゆったり暮らせるよさはありますけど(笑)

伊藤 静岡は本当にもう車で来るよりも電車で来た方が便利ですよね。それで、歩いて回れるところに色々揃っていて。

大石 そうなんですよー、街並みもすごく綺麗になってしまってねぇー。

伊藤 百貨店があって、私鉄があって、JRがあって。それで、その周りや間を取り持つように商店街ができて。これって街として正しい姿で、大型商業施設があって、そこを回遊する人たちを狙って商店街が発展していくというのが静岡はまだ生きていますよね。

だけれど、浜松は西武、マルイ、松菱となくなって目的がどんどん消えちゃって。昔は駅を降りたら遠鉄百貨店があって、西武とかグルグルと回って、それでそこを取り巻く肴町の商店街のアパレルショップとか、千歳にも物販のお店があって、いい感じに回っていたんですけど。寄ることのできる大型施設がなくなってしまったことで回遊性がなくなっちゃったんですよね。

大石 そうなんですよねー、だから誰が静岡のまちづくりしているんだろうって思って(笑)駅前に静岡市美術館を持って来たじゃないですか、あれもすごいなぁと思って。

伊藤 そうですね。そういう人が次々集まるような施設を核に置いて、そこを起点にご飯食べたりとか時間つぶしたりとかできるお店ができて来るといい街になるんですよね。

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今週はここまで!
次回は10/28金曜日に公開予定です。お楽しみに!

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